やるよ、て手の平に乗せられたビニールの小さな包みは、184センチもある大男のポケットから出て来る物にしては不似合いな程ポップで、不釣り合いな程かわいらしいパッケージだった。
だからと言って168センチの男になら似合うかと言えばそれも違う。



「ナニコレ」
「飴だろ」
「まぁそうでしょーね。色からしてオレンジ味って事も解りますよ」
「解ってんなら聞くんじゃねぇよ」
三井はさも当たり前という体裁を繕ってぶっきらぼうに、言い方を変えれば面倒くさそう言い放つ。

その口には既にそれが一つ入って居るのだろう。頬を片方膨らませて発音しづらそうにその音を喉から紡ぎだす。
それが俺の手に乗せられた物と同じ物なのか違う物なのかは確認出来ない。

「それが、何で此処にあるんすか?」
「貰った。クラスの女子が配っててよ」
「それを、何で俺に?」
「別に、二つも貰ったから」
「あーそうですか。そりゃどーも」

いつもぶつけるみたいに悪態か命令のいづれかを紡ぎ出す口は、飴に塞がれ、辛さを中和しているかのようにトゲを和らげていた。
まぁ別に飴の御蔭と言う訳ではなく、ただこの行為自体に大して意味がないのだと思う。
強いて言うなら三井サンは飴が余り好きじゃないのかもしれない。


思い起こせば、この人は飴玉を口に入れるとすぐ噛み出す。舐めるのではなく言葉の通り、正しく食べるのだ。
多分ずっと口に入れっぱなしで溶けるのを待つっていうのが怠いだけなんだろう。多分。
早速俺の鼓膜がその音の振動を拾い上げた。
ガリガリガリガリ。その小さな、或る意味小気味よくもある小さな音を聞きながら、手の平に乗せられた飴の封をピッと裂いて開く。

中から出て来た硝子玉みたいな橙色の玉。
それをそのまま口に含めばオレンジの味と香りが広がった。気がした。

でも、実際には違うのだと俺は頭では知っている。
これはとてもよく出来たイミテーションであり、オリジナルであるソレによく似せた物でしかないのだ。
その正体だけを純粋にまた単純に考えれば、裏に記載されてる通り甘味料で。
一般的に言えば、砂糖の塊。砂糖の粒。砂糖の玉。

この硝子玉(みたいな物)は、その事を橙色の着色料と香料で狡猾に偽っていて。それに騙された俺達は、オレンジという物はこの味なのだと思い込んでる。
しかし実際ところ、先程から本物を模していると仮定しているこの硝子玉(みたいな物)が、本当にオリジナルのイミテーションであるかどうかは俺には解らない。
これは模倣した物でなく、模造した訳でもなく、似ている別物なのかもしれない、と仮定し得る理由にはそこに絶対の保証はないからで。
保証も証拠もない以上、まったくの別物じゃないと誰が言いきる事出来るだろう。
…いや、言い切れるはずなどないのだと俺は思っている。

でも俺達はそれを知る事はない。そもそもその事実に近づく事も出来ない。
小さな頃から少しづつ擦り込ませて来た感覚は価値観として根付いているもので、もしかしたら同じ名前の物が二つもあるなんて思いもしないからだ。そして、それを意識もせずに比べたりはしない。


食事は味覚視覚嗅覚で成り立つと総じて聞くが、仮定としてこの五感のうちの三つが同時に、ましてや蝕むように少しづつ狂ってしまったら…恐らく、自分が狂っている事すら、気付く事はないのだろう。




口の中に広がる橙が溶けて俺の体内を蝕む。侵す。害する。

そもそもこんなに鮮やかな色をした化学物質の塊が、身体に有害じゃないはずがないと、毒以外の何物でもないのではないかと俺は以前から感じていた。
それを俺に三井サンは渡す。まるで毒リンゴを食べさせる魔女のように、知ってか知らずか試すように強要し、俺に食べさせる。俺はソレを躊躇いもせずに口に含んで舌で転がす。


その行為の意味は。冗談か。はたまた悪意のある悪戯か。



トリック・オア・トリート





思えば、三井さんの悪戯が始まったのはずっと昔の事だったのかもしれない。

俺に好きだと告げたあの夏の日。
やはり冗談か悪戯か解らないと返事をした俺に「本気だ」と真剣な眼が、バスケをしている時くらい真っ直ぐ俺を見詰めていたから。
この人は狂ってしまったのではないかと、冷静なもう一人の俺が言っていた。

普段冗談ばかり言っている先輩が、震える声で俺に告げた言の葉を冗談か本気かも見極める事が出来ぬまま相俟に時を供に過ごし、少しづつ惹かれてしまった俺は、もう一人の俺から見たら気違いでしかない訳で。

思えば、あの夏の日から全てが狂いだしていたのかもしれない。
あの日に悪戯は始まり。悪く言えば毒に侵されて麻痺してしまった。
飴が溶けるようにゆっくりと、痺れる舌から身体に広がり、浸透して、蝕んで侵して害して…そして俺はこの人に堕ちた。

実際、これが女に(彩ちゃんに)抱える恋や好きという感情と同じ物なのか、それとも酷く類似した別の何かなのかどうかさえも解らないが、あの夏の日から少しずつ毒によって麻痺させられてる俺にはそれが何かとか本物かどうかとかまで考える事はもうできない。それが常軌を逸してるどうかさえも。

「俺、お菓子なんて何も持ってねースよ」

「知ってんよ。別にいらねーし」


からっぽのポケットに入れた、何も持たないは俺の手の平ではこの人の悪戯をとめる事は出来ない。きっとこれからも。

トリック・オア・トリート
トリック・オア・トリート

世界中のお菓子をありったけ、この馬鹿に。



オレンジドロップ』ポケットに一つ。










____________________________________________________________________
ハロウィン、リョ三。

20071031

inserted by FC2 system